ひなまつりQ&A
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むかし、むかしのこと、寒い冬が去って、3月のはじめての巳(み)の日にお祓いをしたことからはじまったの。これはね、源氏物語という今から千年ぐらい前のお話にも出てくる行事で、このおはらいの日には皆が川原に出て人間の形にきりぬいた紙でからだじゅうを撫でて、病気やけがれをこの紙の人形にうつして、川に流したの。
この「巳の日の祓」をいつからか3月3日と決めて、行なうようになり、そしてこの日に おひなまつりをするのは、祓いの行事と深い関係があるということなのよ。
むかしはお医者さんが少なく良いお薬もなくて、病気にかかる人が多かったの。そこでどのお家でも赤ちゃんが生まれると、その赤ちゃんが病気にかからないようにって、お人形をつくって枕元においたり、寝ている部屋においたの。
その人形というのが、天児(あまがつ)這う子(ほうこ)という、ちょっと立っているおひなさまに似ているけれど、天児の方は天皇さまのおこさんに使われたもので、這う子の方がふつうの家で使われたものなの。このお人形さんが、赤ちゃんの病気やけがという、悪いことを全部もらってくれるものと考えていたの。
あまり方角はこだわらなくていいの。3月3日のお節句にはお祝いに頂いたお人形も飾ってあげたいから、少しゆとりをもって場所をあけておくといいわね。
むかしから、赤は魔よけの色なの。ほらよく、お宮さんの鳥居・橋・らんかんなどが赤く塗ってあるの見たことあるでしょう。悪魔つまり病気や地震や火事のような悪いことが起こりませんようにという時に使ったのが赤い色だったの。だからむかしは赤ちゃんが生まれると、男の子でも女の子でも真赤な着物を着せたのも、そんなわけなのよ。
別にいくつになるまで飾るというきまりはないのよ。でもね、せっかく「この子が無病息災、大きくなって幸せになりますように」とおひなさまが贈られてるのよ。だから、少なくても成人になるまでは飾ってあげるといいわね。大きくなって結婚する前には、「ありがとうございました。私幸せになります」って手厚く供養してあげましょうね。
おひなさんは大変美しく、夫婦仲もよろしく、豊かな暮らし、幸福を現していて、うちの娘もおひなさんにあやからせてください。幸せになってくれますようにって、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、皆がそう願って立派なおひなさんを飾るんだけど、もうひとつのお人形さんを飾る意味は、あなたの災難を、代わりに背負ってくださるということがあるの。1年間、健康で幸せだったら、2月には箱から出してあげて、ひしもちやあられを供えてありがとうをいわなくちゃあ。
一番上段が内裏びなといってお殿さまとお姫さまね。普通は向かって左が男びなで右が女びなで飾るけれど、左上位の制度のあった唐の文化の影響を受けた平安時代の流れで、都だった京都や関西地方へ行くと、当時の形(男びなが向って右、女びなが向って左)で飾っているところがあるのよ。
現在の並び方は外国の皇室を招いたり国際交流がさかんになり皇室の宴席でも西洋式に合わせる形で標準化されたといわれているの。それからお内裏さまの下の段の三人官女はお祝の白酒を持ってお仕えをする係の人たちね。ご馳走係ってわけ。次の段は五人ばやし。この人たちは、むかしからある音楽を演奏する人で、今でいう音楽団の人たちね。 おひなまつりをするのは、祓いの行事と深い関係があるということなのよ。
その下の段の随身(ずいじん)(右大臣・左大臣)というのは、家や人を守るのが仕事なので弓・矢を持っているわけね。その下の段は仕丁(しちょう)(衛士)といって、いろいろなお仕事のお世話をしているの。この段に向かって右に桜の木、左に黄色の実のある木が飾ってあるでしょ。これは左近のさくら、右近のたちばなといって、京都の御所のお庭に植えてあるのをそのまま真似しているの。御所車は天皇さまのむかしの乗りもの。おかごは貴族や大名やお姫さまの乗りもので、平安時代からの貴族、大名の様子をあらわしているのよ。
おひなさまはひとつのお守りだから、各人にそれぞれあるといいわね。お姉さんのひな人形とタイプを変えて、木目込人形とか立雛を飾ってあげても楽しいわね。
市松人形もひな人形と一緒で、子供の無病息災を願って市松人形の様にかわいくいい子に育ってほしいと願いを込めて飾るの。お父さんの実家がいい子に育ってほしいと願いをこめて贈るものだけど、お母さんのおじいちゃんやおばあちゃんもお祝いをしたいから、どちらにあってもいいものなのよ。
【市松人形】
江戸時代の人気歌舞伎役者 佐野川市松の似顔人形が大阪で大流行したため市松人形という名前はこの佐野川市松にちなんで付けたのが定説です。「いちまつ」の「つ」がとれて「いちま」とも呼ばれます。また市松模様とは佐野川市松が好んで着た衿が石覚柄(ブロック)だったことからそう呼ばれるようになりました。 おひなまつりをするのは、祓いの行事と深い関係があるということなのよ。
飾らなくなったお人形をそのままにしておくのはあまりいいことではないの。近くのお寺や神社に持っていき、供養してもらいましょう。病気やけがなく元気に過ごせたのもお人形さんのおかげかもしれないでしょ。だから、「いままでありがとうございました」って手厚く供養してあげましょうね。
※詳しくは中部節句人形優良店会の加盟店にお尋ねください。
■この地方の主な人形供養
○名古屋(大須観音)
昭和54年大須観音境内に「人形供養塔」を建立。
以後毎年10月の第1木曜日。
○岡崎(大樹寺)
家康公の菩提寺で昭和53年5月に安産子育観音人形供養塔を建立。
以後毎年5月第3日曜日。
○蒲郡(薬証寺)
蒲郡市中央本町薬証寺にて毎年3月4日。
○岐阜(美江寺観音)
昭和50年第1回が行なわれ、以降毎年10月20日。
○多治見(長福寺)
多治見市弁天町青竜山長福寺にて、毎年10月第3日曜日。
このお話は昔の人がひな人形をいつまでも飾って置くとだらしがないから、戒めのためにこんなお話をしただけなの。季節に出して、季節にしまうものだからね。ほら、お母さんもおもちゃで遊んだ後にちゃんとしまいなさいっていつも言ってるでしょ。それと一緒よ。
端午の節句Q&A
よくあるお問い合わせやご質問をまとめました。
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ならわしとしては、母方の実家が贈るのが普通のようです。最近では両家の実家で五月人形と鯉のぼりを分担して贈る場合があります。知人は人形や鯉のぼりを贈るのが普通のようです。大切な初節句ですので 、みんなでお祝いしてあげましょう。
あまり方角はこだわらなくても構いません。5月5日お節句にはお祝いに頂いたお人形と並べて飾るとさらに華やかになります。少しゆとりをもって場所をあけておくと良いでしょう。
五月人形は、ひとつのお守りですから、本来はお子様ひとりづづにそれぞれあると良いでしょう。
長男には鎧飾りをお求めになられる方が多く、次男の方は大将とか兜飾りでタイプを変えて飾るのもよいでしょう。
鍾馗(しょうき)は中国の魔よけの神さまです。唐の玄宗皇帝がマラリヤで苦しんだとき夢に小さな鬼があらわれ大切なものを盗んで逃げようとしたところ大鬼が出て来て小鬼を退治しました。この大鬼が鍾馗で夢から目が覚めると病気が治っていました。この話から魔よけの神さまとなりました。
また、五月節句にはお母様のお家から届いた鎧兜飾りをお父様のお家から届いた鐘馗(しょうき)や武者人形でお迎えするのが一般的です。両家で一緒にお祝いしてあげるとより一層楽しい思い出になるでしょう。
お祝いの日から1週間くらいの間にお返しをするのをお勧めします。ちまきをお返しとするのが普通のようですが、黒豆が入った黄飯(おうはん)や紅白の砂糖などで構いません。送り主はお子様の名前にし、内祝いと表記するのが良いでしょう。又、遠くの方には写真を入れるのも良いでしょう。
季節の節目に祝うのが端午の節句ですから、いつまでも飾っておくのは考えものです。目安としては20日から30日くらい前に飾り、5月中旬までには片付けるのが理想です。